昨年の年越しからいつもとは一風変わった年の過ごし方をしていました。
参拝客を相手にアルバイトをしていました。
きっかけは昨年の11月のとある日、1通のメールを受け取ったからです。
それは、かつてボランティアをした(ほんとうに申し訳ないけどたった1回しか活動に参加してません)団体からのメールで、ボランティアをした場所の神社のアルバイトの募集のメール。
毎年、こういったメールを受け取っていたけど、今回は心動いて
即、履歴書を送ってみました。(紹介がないとこの仕事はできないのです。)
そんなことは、すっかり忘れて12月も半ば過ぎに説明会の案内と私の勤務日が書いてありました。
採用が決まったのです!
12月下旬に大説明会へ行きました。アルバイトは多い日で総勢200人はいるとのこと。(正式にはアルバイトではなく助勤者という)
しおりを見ていろいろと覚えることが多くて少し不安、でも新しいことをすることへわくわくして当日を待っていました。
私の最初の勤務日は大晦日の夜から元旦。
これは警察の準備している様子です。
まだ大晦日ですが、並んで待っているのでしょうか。
受付を済ませて必要なモノを受け取り、休憩室の大部屋で待機。
時間になって全員で本堂の中に入って参拝。(本堂の中で参拝したのは後にも先にもこの日の勤務者の特権)
その後、それぞれの配置場所へ。
この日はおみくじ授与所(売り場とは言わない)
大晦日から幕を開けて待っていると
大太鼓のドーンという音と参拝客の歓声で新しい年が来たことを知った。
近くにいるバイトの人同士で新年の挨拶をかわした。
参拝を終えた人がどんどんおみくじ授与所に流れてきた。
みんなわくわくした顔をしながらおみくじを振る。
この1年を良い年にしたいという表情だった。
私が新年のご挨拶をすると、ほとんどのお客さんから挨拶が返ってくる。
わざわざ初詣に来る人たちって心温かい人たちなのですね。
夢を売る仕事、宝くじ売り場のおばちゃんの気分でした。
仕事は屋外に初詣のためにテントをはっているために極寒。
炭で火は焚いているし、ホカロンも二つ貼っていたけど甘かった。
まだ暗い朝方の4時過ぎにご飯休憩、しかも賄いです。
いままでいろんな所で働いてきたけどこんな待遇は初めて!
この日のメニューはおせち風でした。
しかも、三が日まではおやつも付いてました。
さすがに寒い夜の夜勤はきつかったです。
何度か休憩もあったけど、睡魔との闘いでした。
勤務を終え、帰宅して寝ようと思ったら年始に来ていた6才の姪っ子と公園で遊ぶはめになり
結局、夕方まで一睡も出来ませんでした。
次の勤務は3日
まずは全員で参拝。
この日はお守り・お札授与所。
初めてで経験ないんですけどと責任者のひとり、爆笑問題の田中くん似にいうと
”大丈夫ですよ〜”というおおらかな返事だった。
この日はホカロンを7個貼って行った。
たくさんの種類のお守り・お札を覚えるのは実践しながら覚えました。
それとこの日、一緒に働いたほとんど自分の子供と言ったほうがいいような年齢の子の多い中
同年齢の方もいて雰囲気が良かったのと側にいた同じバイトの人たちのさりげないフォローも幸いしました。
もうひとりの責任者は古畑任三郎に出ている西村雅彦さんに似て、
お客さんの中にはいろんな質問をしてくるのですが、愉快なやりとりをしていました。
このふたりの元で2日間でした。
そして私の勤務最終日の10日。
だいぶテントも撤去されて売り場も縮小されていました。
私の配置場所もいままでと全然違うところで、
違う責任者で神経質な感じの人でした。
最初お守り・お札にいたのですが、わけあってすぐにおみくじの方に移動になりました。
結果的におみくじの方が合っているので良かったんですが。
10日なのに人が多いのなんのって行列作っているんですから!
売り場も人の数も縮小されたので
1人が対応する数が尋常じゃないんです。
私ひとりで4人のお客さんに対応することもありました。
3日間終えて、自分の年の半分以下の人が多い中いろいろとそういう若い人と話し
いろいろと学ばせてもらいました。
いったい何百人の人と接して、おめでとうございますと何百回言ったかわかりません。
それに初詣を大事にしている人が多いんだなー、大事にすることって大切なのかもって気づかせてくれました。日本って大スピリチュアル国家なんじゃないかしら。
私も参拝した回数はこの日までに6回です。
帰りに3日間(人によって勤務日数は違います)のお給料
と守護矢
と、
受付の責任者の方から"
お力添えありがとうございました"という温かいお言葉をいただきました。
また、ご縁があったらやろうかな。。。
私の汗の結晶の守護矢